深見じゅん『悪女(わる)』-Hukami Jun-
講談社漫画文庫全19巻1998-1999
一流企業近江物産にコネで就職したおちこぼれOL田中麻理鈴(まりりん)は、持ち前の熱心さと体力を武器に、企業の最下層・資材管理室から、難問を乗り越え、時に後戻り・失敗しながら出世する。
麻理鈴はごく普通の女の子。頭も良くないし、ミスも多い。トップレベルでしのぎを削る人々に対抗することは至難の業、というより正攻法では不可能だ。だが普通の人なら諦めてしまうことでも、彼女は根性で粘って粘って粘り抜く。それはひとえに、出世をして、一目惚れしたT.Oさんにふさわしいいい女になる為。
大企業での理不尽ないじめや陰謀にまきこまれ、敵を作りながらも、麻理鈴はもっとたくさんの味方を作って、出世してしまう。そして人の心を素直に変えていく。
美人じゃないけど素直で、タフで無欲な麻理鈴。彼女の恋と活躍は、時に切なく、いつも爽快。果たして麻理鈴の恋は叶うのか?

この話は、麻理鈴のパワーが恋を源泉として尽きることなくわき出て、それが彼女に仕事を頑張らせ、友人の窮地を救うのに全力を尽くさせるという設定にはなっている。だが、彼女の恋愛に関する心象描写の場面で非常に童話的なイメージが展開されるのを見てもわかるように、それは彼女の情操面での幼さの象徴であって、名前さえ知らないで追いかけ始めたT.Oさんとのラブストーリーはもしかして全く別の次元で起こっていることなのではないかという気がしてくる。ここで言う「恋」とは童話であって、だから、最後どういう形であれ単純な「ハッピーエンド」に終わるのは不思議ではない。そういう単純さが現実社会の厳しさに立ち向かう一人の女の子の最大の武器になってもいいと思う。そしてT.Oさんがどういった人間なのか読者には隠されているが、それもこの作品を読む上で大した問題ではないのだと思う。襲いかかるさまざまな困難を、ひとつひとつ恐れず投げ出さずに片付けていく、実に丁寧で真剣な作業。それが麻理鈴の人生であって、人が好もうと憎もうと、判断は人に委ねれば良いとする。読者に対して何も押しつけはしない。
この作品の発するメッセージは実にシンプルに
「いい恋をしてますか?」
である。
「ひょっとしたら麻理鈴はとても偉大な人間なのかも知れない。」そういう読者の勘ぐりを、おちゃらけて笑い飛ばすかのように、麻理鈴は童話的な恋を貫き通す。そしてそのきらきらした素直な目が全てだと主張し通す。更に言えば、そうやって、人に告げて理解、賞賛されることで癒され、逆に周囲を納得させるに違いない苦難を経験しておきながら、愚痴も言わず、何事も無かったかのように「こりゃ一本参りましたな」と(これまた本心から!)おちゃらけて笑っている麻理鈴の悪女(わる)さ加減が、この物語のテーマであると思う。

物語の状況設定は時に重すぎるほど重いのに、読む方ははらはらしながらも重く感じずに楽しめる。次々起こるトラブルははらはらし通しで、長いのに飽きることがない。登場人物もそれぞれ面白くて、最後の最後まで予想の付かないストーリー展開が見物。

初出:『BE LOVE』講談社(1989-1997)

単行本は絶版だが全37巻、講談社BE LOVE KC(1989-1997)。
古本で買うなら割と手に入りやすいと思うけれど、30巻以降はなかなか見つからないので、全巻セットで入手することをお薦めします。


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2003/9/29更新 inserted by FC2 system