川口まどか『海の砂漠』-Kawaguti Madoka-
ぶんか社コミックスホラーMシリーズ(全1巻)2000年
とある南の孤島にある海洋研究所。世界的に有名な海洋学者ジェシカ・バークレーのもとで、虐待されながら働く少女リナノは、ジェシカの実の娘だった。ある時研究用に飼育していたサメの餌を獲っていたリナノの網に、不思議な獲物がかかった。その形状は人間の男のようだが、水の中に棲息し、凶暴な人食いザメをもバリバリと食べてしまう。その残酷さに興味を持ったジェシカはその人魚男を調査しようとするのだが、彼の周辺では不思議なことに精密機械が作動しなくなる。その上何故かひどい嵐がやまない。何日も外の世界から遮断され、人魚男の餌が尽きてくると、ジェシカは飼っていたサメや自分達の食料も水槽の中に放り込む。それもとうとう尽きると、次に餌にされたのは事故死した男の遺体だった。そして、次に餌になるのは・・・。

暴君のようなジェシカと、虐待され続け感情も摩滅し、悲しむことしかできない奴隷のような少女リナノ。約束された自分の将来の為に虐待を見て見ぬふりするジェシカの助手高津。彼らの回想の中でリナノの悲惨な過去が次第に明らかにされて行く。
母子関係の物語設定としては最近ありがちなパターンなのかもしれないが、彼らの間に物言わぬ人魚男を挟んで、物語はかなり意外な展開になって行く。そして甘い結末は用意されておらず、考え様によっては全く救いの無い不幸な物語だ。
あくまでリナノは「好運な少女」であった。もしかしたらリナノはジェシカのように子供をいじめて楽しむ母親になっていたかもしれない。そうでもなければ生きていけなかったかもしれない。この不幸は一体誰のせいだったのか。ジェシカは何故リナノを虐待するのか。その心境を淡々と語るジェシカ。施設から取り戻したリナノに向かって、笑いながら
「また前のようにいじめられるのが嬉しくてしょうがないよ」
と言うジェシカ。作者は全てを淡々と描写しながらも、むしろこの暴君に同情しているかのようだ。
人間の心の残酷さと悲しさを、強烈に鋭く描く、不思議な物語。


初出 ・・・『月刊ホラーM』1999年12月号
同時収録「海の響き」は2000年2月号初出。
続編『海に降る星』2001年9月出版。

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