大和和紀『天の果て地の限り』-YamatoWaki-
講談社KCmimi(全1巻)1979年,
講談社KCデラックス大和和紀自選集(2)1996年
飛鳥の昔、狩りの途中の中大兄皇子、弟の大海人皇子が立ち寄った家に、夢に現れた天馬を自分の夫だと言う少女がいた。その名は額田(ぬかた)。そのあどけない可憐な瞳は、中大兄の栄光と血にまみれた人生を予見する。
大海人皇子は、美しく成長していく愛らしい額田に惹かれ、求愛し続けるが、彼女は巫女として生きることを望み、俗世に染まることを嫌っていた。しかし彼女の心は次第にいろいろなものにゆり動かされてゆく。

古代日本でも特に波乱に満ちた時代、二人の英雄と同時代を生き、彼らをじっと見つめる一人の巫女の、静かにも燃えるような愛の物語。
誰の妃にもならず「額田は額田のままで」生きる道を選んだはずの彼女の心が行き着いたのは・・・。

「紫のにほへる」と形容された美女額田女王(ぬかたのおおきみ)を、いつまでも少女のように清らかな巫女という存在として描く。
大化の改新という日本のあけぼのとも言える事業に青春をかけた人々の、若い情熱と愛と悲しみが、実に美しく描かれる。
決して歴史の表に現れることのないような一介の女性だが、今でも人々の心に生きて美しい想像をかきたてる額田女王。可憐で優しいのに強情で、人の言いなりになるのを嫌う彼女を彼らは愛した。 現実ばなれしているのかもしれないが、こんな清純で美しい額田像は他ではなかなか見られないのではないかと思う。幻想的歴史漫画である。

ところでこの漫画は井上靖の『額田女王』をベースにしているのではないかと思われる。井上靖の額田は誰の妃、という立場を選ばないことで、当時の女性が味わわねばならなかった非主体的な人生や嫉妬しか出来ない生き方から逃れる代わりに、一人で生きる寂しさをほのかに醸し出した大人の女性だった。それに対してこの物語では実に素直に、時に温かい恋心に浸り、時に強い情熱に引かれる少女のような女性である。

短い物語ながら、独自の解釈で人物達を魅力的に描き出した、大和和紀の傑作の一つ。


初出 ・・・『月刊ミミ』1978年12月号、1979年1月号、2月号
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