森川久美『ソフィアの歌』〜Morikawa Kumi〜
(原作五木寛之)角川書店あすかコミックスDX1994年(全1)
ロシア、ロマノフ王朝の夏の離宮ツアールスコエ・セロに、一人の日本人がやって来た。名はダイコクヤ・コーダユー。船が遭難し、日本から遥か遠い北の果てへと流れ着き、飢えや寒さで何人もの仲間を失いながら、8年もの歳月をこの異国にさまよっていた。
皇帝エカテリーナ二世に帰国を嘆願する為に都へやって来たコーダユーは、ツアールスコエ・セロの庭園長の妹ソフィアと知り合う。無愛想で、人を拒み、何を考えているのかわからないコーダユーに、初め反感を抱くソフィアだが、やがて彼の苦悩や孤独を知り、その才覚に感動する。何としても生きて日本へ帰りたいと願うコーダユー。帰してあげたいと思いつつ、また逆の思いを持ち始めるソフィア。
ああわびしきや  異郷の空の下
見捨てられ  振り返るものなき  我が運命
今はただ泣くばかり
大黒屋光太夫が日本に初めて持ち込んだというロシアの歌の、その調べのままに、透き通るように純粋でどこか悲しげな恋物語。単純な筋ながらじっくり読まされる。 恋をする瞬間の喜び、苛立った嫉妬心、涙の熱さを、手に取るように見ることができるのは、森川久美さんの、端正な絵の下に隠し切れない情熱の力のゆえなのだろうか。
この短い話の中で様々に展開する一つ一つの世界が皆惜しみなく生き生きとして、それでいながらとても詩的で美しく、話はゆるやかに進んでいく。

初出 月刊『カドカワ』1992年12月号〜1993年11月号




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