森川久美『シメール』-MorikawaKumi-
白泉社花とゆめCOMICS(全2巻)1979年 ,角川書店 森川久美全集 (全1巻) 1990年
19世紀末のパリ。夜毎催される華やかな演劇の世界に、ある時突如現れた俳優イヴ・ラクロワ。その夜から彼はスターになり、社交界をかき回す。しかしその妖しい美貌の下には冷酷な復讐心を隠していた。

「噴火獣(シメール)は獅子の頭、山羊の身体、龍の尾を持つギリシァの怪獣である。それは幻想と夢の生物である。私は言おう、このラクロワこそ、その虚構の身体を駆使し、我々の時代の夢と幻想を織り出す類い無き幻魔(シメール)なのだと!!」

少年の時水底に捨てた十字架、一緒に投げ捨てた自分の心。その凍った心は誰にも溶かせはしない。
仇敵であるクラマールの娘、アンヌ・ソフィーは何も知らずにイヴに恋をする。その心をも利用してかえりみないイヴだが、彼がメフィストフェレスを演じた「ファウスト」の、グレートヒェンに、アンヌ・ソフィーの面影を見る。
愛と憎しみが複雑に絡み合う中、それでもためらわれることなくイヴの復讐は果たされていく。その冷酷ささえ美しい色彩で人を魅了する。
優しく美しい思い出と、復讐の冷たい炎、舞台の上に織りなす幻想の世界。夢のようなイヴ・ラクロワの魅力をたっぷりご堪能いただきたい。

森川久美の代表作の一つ。大筋は大和和紀の『KILLA』に似ているが、キラが同じ美少年ながらやけにあっさりして図太い感じがするのに対し、イヴ・ラクロワの繊細で、夜の似合う魔性の美は、我々読者を舞台の観客席にいる人々のように引き込んでしまう性質のものである。そしてこの幻魔は、自分自身をも美しい世界に引き込み、酔わせているような気がする。
やや古い作品なので、手に入らなかったら申し訳ないが、探せば古本屋で見つかると思う。

初出 1978年〜1979年『ララ』


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