桑田乃梨子『おそろしくて言えない』-Kuwata Noriko-
白泉社文庫(全2巻)2003年
御堂維太郎(みどういたろう)は三白眼で顔に陰のある、同級生達に恐れられる少年だった。なんと彼はオールマイティで強烈な霊感を持ち、教室で除霊や写経をする恐ろしい高校生だったのだ。その同じクラスに、現実主義で霊感の無い新名皐月(にいなさつき)がやってきた。新名はしつこくつきまとい霊の存在を認めさせようとする不気味な御堂に反発し、勝ち目のないけんかを挑むばかりだが、彼自身、実は知らず知らず霊を引き寄せる体質で、霊障によって引き起こされる笑えるほど不運な毎日を、単純な前向き解釈で突き進む。
新名のがんこさと単純さも面白いが、彼にちょっかいを出す御堂君のいじわるぶりは見ていて爽快。あの御堂の独特の雰囲気は、幽霊を見、聞き、そこから自分を守り、除霊や呪いもいともたやすく片付けてしまう並はずれた霊感の持ち主であるゆえの孤独が一つのポイントだと思う。だがそういう本質はさておき、自信家でいつも人を見下す仮面のように張り付いた顔(しかもそれはそれはチャーミングな縦線・・・)といい、手加減のない徹底したいやがらせぶりといい、悪役には違いないが、どうしても憎めない。一方クールさのあまり女性に興味が無いのかと思ったら、女の子に除霊するときは必要もなくガバッと抱きつくという意外なしたたかさといい、あの表情でそんなことするところが非常におもしろい!
新名を御堂の巻き起こす心霊ワールドの生け贄にし、保身をはかるクラスメート達は、一方では実に単純に幽霊の人情話にころりと参り、結局新名を犠牲に幽霊達の応援をしたりもする。そういったさりげないクラスの団結が楽しい。新名はいじりやすく、利用しやすく、いきいきしとして皆を惹きつける。同じ理由で幽霊達にも憑かれやすいのだろうか。
魅力的なキャラクターはいろいろ出てくるが、私がこれはと思ったのは、御堂の妹。彼女は二重人格で、ころころ入れ替わっては彼女に恋をした新名を翻弄するが、彼の恋した方のしとやかな少女「いづみW(ホワイト)」人格が言う言葉が印象的。
「意地悪で霊感少女で目つきが悪い維積もあたしなの」。
性格が悪く、兄と一緒になって新名といづみWの仲を裂く「維積B(ブラック)」のことを、嫌いながらもそんな風に言ういづみWの言葉にちょっとぐっときた。いや、嫌っているわけではないのかもしれない。正反対で相容れない性格ながら、Bから生まれてきたWはBに自分の本質の一片を見ていたのかもしれない。どちらも本当の自分であって、もう統合することはできないものの、否定することなどできない存在なのだ。こんなにさらっとギャグとして書いていながら実はかなり悲観的な人格崩壊のドラマなのだと思う。だが彼女(達)に対する新名のポジティブさが!それほどまでに悲観的な状況と思っていないかのような新名が!いい!
ギャグなだけあって感動的なシーンというのもそれほど多く無いけれど、作為的でない、そこはかとなく醸し出された生死の悲しみを、ふとした拍子にさりげなく受け取れる、重くもなく軽過ぎもしないギャグマンガ。そう、あくまでギャグとして楽しんでもらいたい作品。



初出 ・・・「再会の方程式」 1988年『ララ』 10月号(白泉社)掲載
『ララ』1990年8月号(白泉社)〜『ララ』1992年 5月号掲載
その他コミック書き下ろし

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