白井恵理子『賢治と水晶機関車』-Shirai Eriko-
角川書店あすかコミックスDX(全1巻)1997年
県立盛岡中学(旧制中学)に通う銀茂の級友、宮沢賢治は少し変わった少年だった。ある時二人で岩手山に登ろうとすると、何故か山小屋に行き着かない。

「あざみ月にはごくたまに『とらこ狐』が悪さをして山に入れない日があるんだ。・・・今日は山に登れない。帰ろう・・・」

そんな不思議なことを言う賢治を無視して山へ入った銀茂は、沢へ落ちて足を折ってしまう。賢治は助けを呼びに行ってしまい、すっかり夜も更けた頃、人の言葉を話す不思議な影が現れた。なんと、昼間銀茂が石をぶつけた子犬の仲間だった。命乞いする銀茂に犬は言う。
「あどがら氷砂糖っこもらうより、今おまえを頭がらガリガリ食ってやるさ」
すると、そりゃええそりゃええ、という声がして・・・。

賢治は教科書にも書かれていない山や森のことをよく知っていた。真面目な口調でちょっとピンぼけなことを言い、悲しい時は呆れるほど大声で泣き喚く。そんな彼にいらいらしながらも振り回される銀茂。賢治を通して見る世界は不思議で、大きくて、美しかった。心あたたまる短編小説集。
銀茂の俗っぽくいきいきした言動が、ほのぼのとした世界にスパイスを効かせ、物語を魅力的にしている。白井恵理子さんはこういう、毒のある、だけどさっぱりとしてどこか間の抜けた人物を描くのがうまいなあ。いろんな場面で、彼が内心思っていることがかなり笑える。
まだ書店で売られていると思うけれど、やや手に入りにくいかもしれない。


初出 ・・・ミステリーDX増刊『歴史ロマンDX』1996年初夏の号、夏の号、冬の号
戻る

inserted by FC2 system