吉野朔実『グールドを聴きながら』-Yoshino Sakumi-
小学館プチフラワーコミックス(全1巻)2000年
この作品を読んだ後、グールドの「ゴールドベルク変奏曲」を初めて聴いてみた。ちょっと変わった感じの弾き方に思ったが、その清潔感と淡白さの底に、音楽に浸されたなんとも言えない力強さと、逆に寂しさ、あるいは人が美しさに対する時にしばしば感じる、郷愁のような悲しさがある気がしたのは私の主観に過ぎないか。演奏の録音の中にわずかに入ってしまう、歌う彼の声が、しっかりとその人格を主張していることが、この天才ピアニストの早すぎる引退と死を逆に意識させる。

高校の入学式の日の出会いから、真央子が憧れを寄せる立花は、グレン・グールドが好きだと言う。美人で、いつもどこか憂鬱そうな、人を寄せ付けない雰囲気を持っている。真央子はそんな親友を誇りに思い、彼女の好きなグールドを懸命に聴いている。かつてはプロをめざしていたと言う立花のピアノを聴き、彼女の辛い人生を知って涙ぐむ真央子。そんな彼女に「愛されて育ったのね」と言って微笑む立花。

正直言ってそんなに夢中になれるほど面白いストーリーでもなく、そう思うのは自分だけだろうかと思ってちょっと周りを見てみると、実は結構不評のようである。私はあまり他の作品を読んでいないが、吉野朔実をよく知っている人ほど物足りなさを感じる作品なんだと思う。だが多分多くの人が、どこかしら気になるものを感じるのではないかと思う。それはあまりに繊細で、大声で言いたてれば消えてしまいそうな思い。
立花には立花の人生のストーリーがあり、吉野朔実はそれを読み手側からちょっと突き放した形で見せている。平凡な主人公真央子の、気付いてみたらそこから取り残され締め出されてしまった、という悲しみと悔しさ。しかし彼女の憎しみさえ問題にしない立花の立花だけの人生。それに気付いた時、真央子はどうしてほしいわけでもなかったと思う。ただ遣る瀬無く立ち尽くしているしかなかったのだ。
そして、真央子には真央子だけの人生が始まるという暗示で物語りは幕を閉じる。
私の心に潜んでいた、何だかわからないが似たような苦しさがちりっと刺激される。 この作品の表現の仕方や構成は必ずしもうまくないと思うけれど、私にとってはどうしても気になるものだったので、グールドの印象深いCDと共にここで紹介してみた。

バッハ:「ゴールドベルク変奏曲」 演奏:グールド
ソニーレコード - 2000/11/01




初出 ・・・『プチフラワー』2000年5月号
戻る
inserted by FC2 system