川原泉『銀のロマンティック・・・わはは』-KawaharaIzumi-
白泉社花とゆめCOMICS(全1)1986年,
『甲子園の空に笑え!』(白泉社文庫1995年)にも収録

天才バレリーノの娘、由良更紗(ゆら・さらさ)は、優雅さのかけらも無いことからバレエの素質を認められなかったが、死んだ母親に教わったアイススケートが天才的に上手かった。ある時スケート場で出会った景浦(かげうら)青年と、お互い初めてのフィギュアジャンプで、意地の張り合いをしたのをきっかけに、烏山兄妹コーチに見出され、フィギュアスケートのペアを組むことになる。
気の強い二人はしばしば衝突したが、スケーティングの息は合って、そのアクロバティックな技術力の高さでそこそこいい評価を得る。しかし、何かが足りない。そう。それは芸術性。
銀盤の上に展開されるリリカルな夢の世界。魂の共鳴、氷上の奇蹟。人はそれを「銀のロマンティック」という。・・・わはは。
暗い過去を持つ景浦は、絶望を乗り越えて立派なフィギュアスケーターになっていき、更紗も、その彼に割と辛辣な事を言いながら、自分の新たな可能性に対し前向きに突進する。冷めているようで素直に頑張っている二人。
ペア結成間も無いもののふたりは強気に世界を目指す。果たして彼らは、世界に、そして「銀のロマンティック」にたどり着くことが出来るのか?ど根性の感動的フィギュアスケートドラマ。

この漫画の発表当初(1986年)、フィギュアスケートはまだ3回転ジャンプの時代だった。男子はトリプルアクセル(3回転半)を跳ぶのがやっと、女子が大会でトリプルアクセルを跳ぶことは無かったらしい。(1989年世界選手権、伊藤みどりが女子で公式・世界初のトリプルアクセルに成功。ギネスブックに。1992年アルベールビルでは伊藤みどりが女子同ジャンプのオリンピック初。銀メダル。この漫画の舞台は1985年あたりらしいから、もっと前なのだなあ。)そんな時代に由良・景浦ペアがしようとしたことは実はかなりとんでもないことなのだが・・・。
採点法や大会の演技規定など、今はずいぶん変わってしまったが、基本的なフィギュアの知識はこれ一冊で押さえられるだろう。
現在フィギュアスケート界では、1998年の長野オリンピック辺りから、男子シングルで金をとるのに4回転ジャンプが重要な要素になっている。特に長野では4回転を成功させるか否かで確実に金の可能性が分かれたと思う。オリンピックを目指して、男子の世界水準が丁度4に到達したピークであったからこそ盛り上がった4回転熱だったのかもしれない。
しかし、フィギュアスケートはスポーツであると同時に芸術である。(採点する競技でありながら芸術性ばかりに傾いていたフィギュアをスポーツならしめたのが伊藤みどりであろう。今度はそれが逆の方へ傾こうとしている感もあった。もうアマを引退したがタラ・リピンスキー等。)あくまでも美を追及しなければならない。長野でストイコに勝ち金を獲得したイリヤ・クーリックも、4回転のみで勝ち上がったのではない。その磨きぬかれた美しいスケーティングや叙情性は見事であった。(あれは私にとって「歴史に残すべき試合」だったなあ。とはいえオリンピック後、イリヤをはじめ有名な選手が次々とプロ転向してしまったのをきっかけにあまり観なくなった。だから最近の動向はよくわからない)

人をなんらかの形で感動させること。それはちょっとした喜びでも、嬉しさでも、おだやかなやさしさでもいい。しんみりしたものでも、笑いでも、時には悲しみでもいい。人の心を動かすスケーティング。それが由良・景浦ペアの目指した「銀のロマンティック」なのだ。
そしてまた、彼らがジャンプの技を極めたのも見逃してはならない。これは、逆が言えるのと同様に、フィギュアは芸術性だけに傾くべきではないということを示しているのではないか。かれらがソレに成功する時に初めて、「銀のロマンティック」は真に完成するのではないか、と思う。

初出1986年『花とゆめ』3〜7号

【参考】
多田しげおの気分爽快/中部英傑伝の「伊藤みどり」
群馬クイズ愛好会のか〜ら教授の研究室(もちろん"川原泉教授"のことですよ。物凄いデータが。さすがクイズ愛好会)

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